受講生へ「自分の山を作る」ということ | 藤原進之介
2026年5月21日
「自分の山を作る」ということ
受験勉強をしていると、何度も自分に失望する瞬間があります。「こんな問題も解けないのか」「前に勉強したはずなのに、なぜ忘れているのか」「周りは前に進んでいるのに、自分だけが取り残されているのではないか」——努力する時間は孤独です。
しかし、受験勉強とは、単なる「やり直し」ではなく、自分の人生をもう一度、自分の手に取り戻す時間、といえるかもしれません。本当の意味での受験勉強とは、過去の自分と向き合い、逃げてきたものを見つめ直し、自分の中で泣き叫んでいる弱い自分(インナーチャイルド)を救いに行く作業でもあります。
私は、もともと算数が好きでした。中学受験の頃、算数は得意科目でした。ところが、中学になり先取りカリキュラムの中で、丸暗記で乗り切っている部分もあり、気づいたときには、解法暗記で乗り切ろうとするタイプの受験生になっていました。かつて楽しかったはずの算数が、いつの間にか苦しい数学に変わっていた。
私は高校2年生になってようやく、ゼロから数学を勉強し直しました。算数のレベルまで戻って、もう一度、数の意味から考え直しました。そこで初めてわかったのです。昔のつまずきに戻り、理解を深めることは、インナーチャイルドを救うことであり、自分の人生を取り戻すことにつながると。この経験が、大学1年生の頃に数学専門塾を立ち上げた原点になりました。
「世間の山」から「自分の山」へ
受験勉強の現場では、ある共通した思い込みが働いていることが多いと感じます。それは「正解は一つ」「やるべきことは決まっている」という幻想です。参考書を買い、予備校の講座を受ける。難関大の傾向と対策をこなす。偏差値を上げることが目的。——こうした外部から与えられたレールを、疑いなく走り続けることが、「世間が作り出した虚構の山を登る」状態といえるかもしれません。
大切なのは、そこに「あなた自身」がいるかどうかです。あなたの弱さ、あなたの好奇心、あなたが本来持っていた学ぶ喜びは、どこに消えましたか。
「自分の山を作る」とは、単に「我流で好きなようにやる」という意味ではありません。むしろ逆です。世間が要求する基準や効率性を一度括弧に入れて、その奥底に、自分が本当に理解したいもの、自分が本気で向き合いたい弱さを見つめることです。
数学を例に挙げれば、多くの受験生は「この問題のテクニック」を学ぼうとします。しかし本来は「なぜこんなテクニックが必要なのか」「このテクニックを生み出した人は、どんな困難に直面していたのか」を問い直すことが、真の学びになります。その問い直しのプロセスが、あなたの思考回路を作り、あなた独自の解法へと導くのです。
「自分の山」を作るための5つのステップ
では、実際に「自分の山を作る」とは、どのようなプロセスなのでしょうか。私が日本数学塾で受講生と一緒に歩む道を、5つのステップとして言語化してみました。
① 「逃げてきたもの」を見つめる
多くの受験生は、自分がどこでつまずいたか、どの単元で「暗記で乗り切った」のかを自覚していません。まずはそれを丁寧に掘り起こすことが第一歩です。たとえば「2次方程式が苦手」と思っていても、実は「1次方程式の本質を理解していない」「因数分解の意味がわかっていない」など、さらに遡った根本的な理解の欠落があるかもしれません。
私の高校2年生の時の「算数まで遡る」という判断も、この第一歩から始まりました。痛みを感じる問題に真摯に向き合い、「ここが本当の弱さなんだ」と認識することは、自信を失うことではなく、自分を取り戻す始まりなのです。
② 「なぜ」を何度も繰り返す
教科書の説明を読んで、公式を暗記して、問題を解く。この流れは効率的に見えて、実は表面的です。本当の理解は「なぜこの公式が成り立つのか」「この公式を発見した人は、どんな現象に直面していたのか」を問い直す中にあります。
たとえば、2次関数の判別式D = b^2 - 4ac という公式があります。受験生の多くはこれを「判別式を使って解の個数を判定する」ツールとして見ます。しかし、なぜこの形式なのか。それは2次方程式 ax^2 + bx + c = 0 の解の公式 x = (-b ± √(b^2 - 4ac)) / 2a を導く過程に隠されています。その√の中身が0になるか、正になるか、負になるかで、解の個数や性質が変わる——この理由を自分の言葉で説明できるようになることが、真の理解です。
「何度も『なぜ』を繰り返す」というと、質問を増やすことと思う人もいるかもしれません。むしろ重要なのは、一度の「なぜ」を深く掘り下げることです。一つの公式と向き合い、その背景にある思想や発見の経路を想像力で辿る。その営みの中で、あなたの思考が徐々に創造的になっていくのです。
③ 「自分の言葉」で再構成する
参考書の解答を読んで理解したつもりになっていないでしょうか。理解の本当の確認は「それを自分の言葉で誰かに説明できるか」という問いです。
これは単なる説明練習ではありません。参考書や授業の言葉を、自分の経験や思考を通して再構成するプロセスは、その知識をあなた自身の一部にしていく作業です。同じ問題を解くにしても、参考書の解法をそのまま模倣する人と、その背景にある原理を理解した上で、自分なりのアプローチで解く人では、その後の応用性が全く異なります。
たとえば数列の和の公式。Σ[k=1,n]k = n(n+1)/2 という公式は暗記もできますが、1+2+3+...+nを「階段状の図形の面積」として捉え、その図形を回転・裏返しして長方形を作り、面積の関係から公式を導く——このストーリーを自分で再構成できるようになると、公式は単なる記号ではなく、あなたの思考の道具になります。
④ 「つながり」を見つける
数学は、個別の単元の集合ではなく、深い相互関連性に満ちた体系です。受験勉強では効率性を重視するあまり、「この単元はこれだけ」と区切って学ぶ傾向があります。しかし、本当の山を作る受験生は、異なる単元の間に隠された「つながり」を見つけることに喜びを感じ始めます。
二次関数と数列、微分積分と図形問題、ベクトルと三角関数——一見無関係に見えるこれらの領域は、実は深い数学的原理で結ばれています。こうしたつながりを発見する過程で、あなたの数学的思考は飛躍的に深まります。それは「与えられた問題を解く技術」から「自分で問題を作れる力」へと転換することを意味しています。
⑤ 「過去の自分」と向き直す
受験勉強の最終段階で最も大切なのは、己を知ることです。模試の成績、偏差値、合格判定——これらの外部評価に一喜一憂するのではなく、あなたが「どんな問題で何度もつまずいてきたか」「どの領域で本当の理解に達したか」を静かに見つめることです。
私の場合、それは「解法暗記で乗り切っていた自分」と向き直い、「なぜそんなことになってしまったのか」を問い直すことでした。その時の痛みや挫折感は、今でも私の教育活動の原動力になっています。あなたの弱さも、同じです。受験期間を通じて露わになった自分の弱さは、大学進学後、そして人生全体を通じて、あなたを導く羅針盤になるのです。
ハイデガーと「本来的に生きる」ということ
ドイツの哲学者ハイデガーは、人間はふだん「世間ではこうするものだ」という空気に流されて生きていると考えました。「この大学なら恥ずかしくない」「この職業なら親に認められる」——これは「非本来的な生き方」です。
対して、「本来的に生きる」とは、自分の死、自分の有限性、自分の選択を引き受けて、自分自身の可能性として生きることです。受験生活は、この転換が起こりうる時間です。孤独の中に成長があり、孤高があります。
受験勉強の孤独さは、一見すると負の感情に思えるかもしれません。しかし、その孤独さの中でこそ、あなたは初めて「自分は何か」を問い直す機会を得るのです。友人との競争、親の期待、世間の常識——これらの外部ノイズを一度括弧に入れて、己と向き合う時間。それが受験勉強の本質的な価値です。
どんなに友達が多くても、恋人がいても、本気で戦うときは必ず孤独です。その孤独な苦労の中で、初めて見えてくる孤高があります。自信をもって、胸を張って日々の勉強に臨んでください。
その孤独な時間の中で、あなたは確実に変わります。最初は「問題が解けない自分」との戦いですが、やがてそれは「自分の思考の限界を超える」という喜びに変わります。その喜びの積み重ねが、本当の自信を作るのです。
受験後を見据えて
受験は確かに人生で重要な通過点です。しかし、それは「最終目的地」ではありません。合格証書を手にすることよりも、その過程で「自分の山を作る」経験を得ることの方が、人生全体に与える影響ははるかに大きいのです。
なぜなら、人生は受験の後も続くからです。大学で学ぶこと、社会に出てからの課題、人間関係の困難——これら全てにおいて、あなたが受験期間に培った「自分で考える力」「逃げずに向き合う力」「理解の深さを求める姿勢」は、あなたを支える根拠になります。
また、「自分の山を作る」という経験は、やがてあなたが誰かの人生を照らすときに、その光源になるかもしれません。あなたが受験期間に得た苦労、工夫、発見は、やがて後輩へのアドバイス、親友への励まし、あるいは自分が教える立場になったときの教育活動として、社会に還元されていくのです。それは、自分自身の人生を取り戻すことと同じくらい尊いものではないでしょうか。
日本数学塾では、この「自分の山を作る」プロセスを、担任制で一緒に歩みます。
ただ問題を解かせるのではなく、なぜそう考えたのか、どこに自分の思考の癖があるのかを丁寧に見つめます。全国オンライン対応です。
