May 2026
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WordPress へようこそ。こちらは最初の投稿です。編集または削除し、コンテンツ作成を始めてください。 大学受験数学を学ぶということ 高校数学から大学受験数学へのステップアップは、多くの受験生にとって最初の大きな難関です。教科書の章末問題が解けるようになったからといって、入試問題が解けるようになるわけではありません。その理由は、大学受験数学は単なる「計算技能の習得」ではなく、「思考の枠組みそのもの」を学ぶ段階だからです。 この記事では、受験生が陥りやすい「なぜその解法を選ぶのか分からない」という悩みに対して、日本数学塾で実践している「定義から論理を組み立てる指導法」の考え方をお伝えします。公式を暗記して当てはめるだけでは、初見問題に対応できません。問題の構造を読み取り、どの定理・性質を使うべきかを自分で判断する力——これが本当の数学力です。 「なぜ」を問う姿勢から始まる 受験数学の問題を前にしたとき、最初にすべきことは「この問題は私に何を問うているのか」という言語化です。多くの受験生は、問題文を読んだ直後に「どの公式を使おうか」と考えてしまいます。これが落とし穴です。 例えば、「三角形の3辺の長さが与えられて、その面積を求めよ」という問題があったとしましょう。即座に「ヘロンの公式だ」と考えるのではなく、まず問われていることを整理します: 与えられた情報:3辺の長さ 求めるもの:面積 つなぎ手段:3辺→面積の関係はどう構築されるか ここで初めて「高さが必要だ」「高さを求めるには三平方の定理を使う」「さらに効率的にはヘロンの公式を知っていると便利」という流れが見えてきます。公式というのは、このような思考の「最短経路」であり、目的地ではないのです。 各分野で求められる「問題を読む力」 数と式・方程式分野 この分野では「与えられた関係式から、何を導き出すべきか」という読解力が問われます。例えば「a + b + c = 0 のとき、a^3 + b^3 + c^3 の値を求めよ」という問題では、a + b + c = 0 という制約条件がなぜ与えられたのかを考える必要があります。 この条件があると、a + b = -c という変形ができます。ここからさらに (a + b)^2 = c^2 へと進み、展開式と組み合わせることで ab の値が c で表せることに気づきます。このように「条件 → 変形 → 新しい見方の発見」という段階的な思考が必要です。 図形と方程式・三角関数分野 […]
受講生へ「自分の山を作る」ということ | 藤原進之介
塾長からの手紙 2026年5月21日 「自分の山を作る」ということ 受験勉強をしていると、何度も自分に失望する瞬間があります。「こんな問題も解けないのか」「前に勉強したはずなのに、なぜ忘れているのか」「周りは前に進んでいるのに、自分だけが取り残されているのではないか」——努力する時間は孤独です。 しかし、受験勉強とは、単なる「やり直し」ではなく、自分の人生をもう一度、自分の手に取り戻す時間、といえるかもしれません。本当の意味での受験勉強とは、過去の自分と向き合い、逃げてきたものを見つめ直し、自分の中で泣き叫んでいる弱い自分(インナーチャイルド)を救いに行く作業でもあります。 私は、もともと算数が好きでした。中学受験の頃、算数は得意科目でした。ところが、中学になり先取りカリキュラムの中で、丸暗記で乗り切っている部分もあり、気づいたときには、解法暗記で乗り切ろうとするタイプの受験生になっていました。かつて楽しかったはずの算数が、いつの間にか苦しい数学に変わっていた。 私は高校2年生になってようやく、ゼロから数学を勉強し直しました。算数のレベルまで戻って、もう一度、数の意味から考え直しました。そこで初めてわかったのです。昔のつまずきに戻り、理解を深めることは、インナーチャイルドを救うことであり、自分の人生を取り戻すことにつながると。この経験が、大学1年生の頃に数学専門塾を立ち上げた原点になりました。 「世間の山」から「自分の山」へ 受験勉強の現場では、ある共通した思い込みが働いていることが多いと感じます。それは「正解は一つ」「やるべきことは決まっている」という幻想です。参考書を買い、予備校の講座を受ける。難関大の傾向と対策をこなす。偏差値を上げることが目的。——こうした外部から与えられたレールを、疑いなく走り続けることが、「世間が作り出した虚構の山を登る」状態といえるかもしれません。 大切なのは、そこに「あなた自身」がいるかどうかです。あなたの弱さ、あなたの好奇心、あなたが本来持っていた学ぶ喜びは、どこに消えましたか。 「自分の山を作る」とは、単に「我流で好きなようにやる」という意味ではありません。むしろ逆です。世間が要求する基準や効率性を一度括弧に入れて、その奥底に、自分が本当に理解したいもの、自分が本気で向き合いたい弱さを見つめることです。 数学を例に挙げれば、多くの受験生は「この問題のテクニック」を学ぼうとします。しかし本来は「なぜこんなテクニックが必要なのか」「このテクニックを生み出した人は、どんな困難に直面していたのか」を問い直すことが、真の学びになります。その問い直しのプロセスが、あなたの思考回路を作り、あなた独自の解法へと導くのです。 「『世間が作り出した虚構の山を登る』のではなく、『自分だけの山を作り自分だけの山を登る』ことを意識することが、君の人生の始まりになるかもしれません。自分が心から愛せる山を作りましょう。自分の過去が救われ、いつか誰かの暮らしを照らせる山なら、これ以上ないほど幸せなことではないですか。」 「自分の山」を作るための5つのステップ では、実際に「自分の山を作る」とは、どのようなプロセスなのでしょうか。私が日本数学塾で受講生と一緒に歩む道を、5つのステップとして言語化してみました。 ① 「逃げてきたもの」を見つめる 多くの受験生は、自分がどこでつまずいたか、どの単元で「暗記で乗り切った」のかを自覚していません。まずはそれを丁寧に掘り起こすことが第一歩です。たとえば「2次方程式が苦手」と思っていても、実は「1次方程式の本質を理解していない」「因数分解の意味がわかっていない」など、さらに遡った根本的な理解の欠落があるかもしれません。 私の高校2年生の時の「算数まで遡る」という判断も、この第一歩から始まりました。痛みを感じる問題に真摯に向き合い、「ここが本当の弱さなんだ」と認識することは、自信を失うことではなく、自分を取り戻す始まりなのです。 ② 「なぜ」を何度も繰り返す 教科書の説明を読んで、公式を暗記して、問題を解く。この流れは効率的に見えて、実は表面的です。本当の理解は「なぜこの公式が成り立つのか」「この公式を発見した人は、どんな現象に直面していたのか」を問い直す中にあります。 たとえば、2次関数の判別式D = b^2 - 4ac という公式があります。受験生の多くはこれを「判別式を使って解の個数を判定する」ツールとして見ます。しかし、なぜこの形式なのか。それは2次方程式 ax^2 + bx + c = 0 の解の公式 x = (-b ± √(b^2 - 4ac)) / 2a を導く過程に隠されています。その√の中身が0になるか、正になるか、負になるかで、解の個数や性質が変わる——この理由を自分の言葉で説明できるようになることが、真の理解です。 「何度も『なぜ』を繰り返す」というと、質問を増やすことと思う人もいるかもしれません。むしろ重要なのは、一度の「なぜ」を深く掘り下げることです。一つの公式と向き合い、その背景にある思想や発見の経路を想像力で辿る。その営みの中で、あなたの思考が徐々に創造的になっていくのです。 ③ 「自分の言葉」で再構成する 参考書の解答を読んで理解したつもりになっていないでしょうか。理解の本当の確認は「それを自分の言葉で誰かに説明できるか」という問いです。 これは単なる説明練習ではありません。参考書や授業の言葉を、自分の経験や思考を通して再構成するプロセスは、その知識をあなた自身の一部にしていく作業です。同じ問題を解くにしても、参考書の解法をそのまま模倣する人と、その背景にある原理を理解した上で、自分なりのアプローチで解く人では、その後の応用性が全く異なります。 たとえば数列の和の公式。Σ[k=1,n]k = n(n+1)/2 という公式は暗記もできますが、1+2+3+...+nを「階段状の図形の面積」として捉え、その図形を回転・裏返しして長方形を作り、面積の関係から公式を導く——このストーリーを自分で再構成できるようになると、公式は単なる記号ではなく、あなたの思考の道具になります。 […]
受講生へ「鋭にして鈍なれ」──続ける力こそが本物の強さ | 藤原進之介
塾長からの手紙 2026年5月14日 「鋭にして鈍なれ」──続ける力こそが本物の強さ 5月も下旬です。2027年の共通テスト当日まであと246日となりました。本日は「鋭にして鈍なれ」という言葉を届けたいと思います。これは、受験生活だけでなく、人生全体を貫く大切な原則だからです。 攻撃性と鋭さが自分を傷つける理由 浪人生の頃の僕は、攻撃的でした。世の中のすべてにツッコミを入れていた。受験制度にも、予備校にも、先生にも、親にも、友人にも。そういう攻撃的な心は、意図せずして自分自身にも向いてしまうものです。自分の発言を最も頻繁に、近くで聞いているのは、自分なのですから。 「あの人は大して勉強していないのに、なぜうまくいくのか」「自分はこんなに苦しんでいるのに、なぜ報われないのか」——鋭くなっていたのです。他者と自分を比較する眼を常に磨き続けていた。その結果、本当に大事なものが見えなくなっていました。 でも今になって思います。あの鋭さは、自分を前に進ませる力になると同時に、自分を傷つける要素にもなっていました。鋭い刃物で自分を何度も切ってしまっていたのです。受験勉強において最も危険なのは「自分を客観視できる力」が、いつの間にか「自分を責める力」に変わってしまうことです。 多くの受験生が陥る罠がここにあります。基礎問題を間違えただけで「こんなことも解けない自分はダメだ」と自責に陥る。一度失敗すると「もう自分には無理だ」と過度に悲観する。鋭さがあるから、自分の弱点が見える。その見え方が鋭いから、失望も大きくなる。この悪循環を抜け出すには、どうすればいいのか。 「鋭にして鈍なれ」──4つのタイプから学ぶこと 「鋭にして鈍なれ」。「鋭にして」とは、感性が優れていること、本質を捉える力があること、そして問題を解く際に「ここが問われている」と直感的に分かる力です。「鈍になれ」とは、愚直に、同じことをずっとやり続けられる力です。習慣化できる力、単調さに耐える力、一度決めたことを変えない力——それすべてです。 人間を4つのタイプに分けると、こういうことが言えます。 ①鋭にして鈍(最も強い):本質を見抜く力があり、かつ地味な繰り返しに耐えられる。数学の才能を開花させるのはこのタイプです。 ②鋭にして鋭(器用貧乏。世の中に最も多い):感性は優れているが、コロコロと進め方を変えてしまう。器用だから短期的には成果が出ますが、深さが出ません。 ③鈍にして鋭(自滅型):頭は良いが、行動が続かない。自分の限界を知っているから余計に動けなくなります。 ④鈍にして鈍(大器晩成型):見た目は凡庸ですが、実は極めて優れているのではないか。感性とは、持って生まれたものではなく、磨くものだから。結局は、続けた人にはかなわない。 改めて考えると、④の「鈍にして鈍」が、実は極めて強いのです。なぜなら、感性や才能は「磨くもの」だからです。最初は才能がなくても、毎日毎日、同じ問題を解き、同じ単元を学び続ける。そうすると不思議なことに、ある時点で「あ、ここが問われているんだ」という直感が働くようになるのです。つまり、④が繰り返し続けると、やがて①に変わる。これが「本当の成長」です。 一方、②の「鋭にして鋭」は、最初は華やかです。いろいろな参考書を読む、いろいろなアプローチを試す。短期的には成果が出ます。しかし、一つのものを深掘りしないから、本物の理解に至りません。数学で「この解法が使えるのは、なぜこういう問題のときなのか」という深い理解は、何度も同じ系統の問題を解く中でしか生まれないのです。 「鈍器」が最後にあなたを救う理由 「鋭く尖らせた刃物で扉を壊そうとしても、刃物がポッキリ折れてしまうかもしれない。しかし鈍く丸まった鈍器で扉を叩き続ける人間は、折れないので、やがて扉は壊せる。心の中に鈍器をもつこと。その重さが、最後にあなたを救うかもしれないのです。」 この比喩が、受験勉強の本質を言い当てています。 受験という「扉」は、一回のツッコミでは壊れません。鋭い刃物で尖ったアプローチをしても、その時は成功するかもしれませんが、次の問題では通用しない。なぜなら、受験問題は「本質的な理解」を問うからです。そして本質的な理解は、短期間では磨けないのです。 しかし「鈍器」で毎日毎日、同じ扉を叩き続けるとどうなるか。最初は手応えがありません。一週間経っても、扉は動きません。でも、たたき続ける。一ヶ月経つと、かすかにひびが入ります。二ヶ月経つと、扉が揺れ始めます。そして三ヶ月、四ヶ月と続けると、やがて扉は崩れ落ちるのです。 つまり「鈍器」の強さは「続く」ことにあります。折れないこと。へこたれないこと。同じペースを保つこと。受験生活における最強の武器は、実は「継続」なのです。 多くの受験生が「自分は才能がないから」と諦めてしまいます。でも、それは違う。才能がなければ、それは「磨く必要がある」というサインです。そして「磨く」というのは、地味なこと、単調なこと、つまらないことの繰り返しなのです。 自分の弱点を「敵」ではなく「磨く対象」に変える 受験勉強において「つまずくこと」と「続けること」は、実は深く関連しています。 問題を間違える。その時点では、多くの受験生が「ああ、また間違えた。こんなことも分からないなんて」と自責に陥ります。これが「鋭さの悪用」です。自分を傷つけるために自分を見ている状態です。 しかし視点を変えると、その間違いは「磨くべき部分」です。つまり「鈍器が当たるべき扉」です。なぜこの問題を間違えたのか、その根本の理由は何か、同じタイプの問題は何か、全てを丁寧に掘り下げる。そして、次の週も、その次の週も、その関連問題を繰り返す。それを三ヶ月続けると、その分野は確実に強くなっています。 つまり、受験勉強における「失敗」は「敗北」ではなく「発見」なのです。自分が磨くべき場所が見つかったということです。 浪人生活の地味さを受け入れることの価値 もう一つだけ、話をさせてください。僕の右目は、いつも充血しています。網膜剥離という怪我が原因です。右目の左半分が、見えなくなりました。あのとき、人生で最もリアルに死を感じました。見えていると思っていたものが、静かに、確実に、消えていく。 その経験があったからこそ、僕は気づきました。「人生は予測不可能であり、だからこそ、今この時間をどう過ごすかが全てである」ということを。 だからこそ、誰にもお構いなく、自分の人生を生きようと誓いました。面白いと思う人と過ごして、面白いと思う世界で生きていく。未来を怖がりすぎなくていい。余計なことに反応しすぎない。鋭さで他者や自分を傷つけない。鋭さで行動を止めない。今日もやる。明日もやる。うまくいかない日もやる。 受験生の皆さんに伝えたいのは、同じことです。浪人生活は、華やかなものではありません。SNSで「今日も頑張った」と発信しても、いいねはつきません。親や友人に「今何やってる?」と聞かれても「数学をやってる」としか答えられません。毎日が地味です。 しかし、その地味さの中に、全ての価値があります。 同じことを繰り返すことで「感性」が磨かれる仕組み 受験勉強において「感性」が磨かれるメカニズムを、もう少し詳しく説明したいと思います。 数学の問題を解く際、最初は「どう解くか」が分かりません。そこで参考書や解答を見る。すると「あ、こういう考え方があるんだ」と理解します。これが第一段階です。 しかし、理解は「一度の経験」では定着しません。むしろ、一度理解しただけでは「わかった気になっているだけ」です。同じタイプの問題を、次の週に解きます。その時点では「あ、これは先週やった解法パターンだ」と思い出すレベルです。これが第二段階です。 さらに、その関連問題を二週間後、一ヶ月後、二ヶ月後に解き続ける。すると、ある時点で「解答を見なくても、自分で解き方が思いつく」段階に達します。これが第三段階です。 そして、さらに繰り返すと「この解法が必要な場面を、初見の問題でも直感的に認識できる」段階に至ります。これが第四段階で、これが「感性が磨かれた状態」です。 つまり、感性とは「生まれつきのもの」ではなく「繰り返しの中で磨かれるもの」なのです。そして、この段階を踏むには「鈍さ」——同じ単調なことを続ける力が、絶対に必要なのです。 浪人生活は、正にこの4段階を、全ての科目、全ての分野で、繰り返し繰り返し踏み重ねていく作業です。 「鈍さ」に耐えるための心構え では、どうすれば「鈍さ」に耐えられるのか。受験生からよく聞く質問です。 答えは「目的を明確に持つこと」と「毎日の小さな成長を実感すること」の二つです。 受験勉強において「なぜ勉強するのか」が曖昧だと、単調さに耐えられません。「とりあえず合格したいから」では、ダメなのです。「この大学で何を学びたいのか」「その先で自分は何がしたいのか」という目的が、深い所にあると、単調な繰り返しの中にも意味が見出せます。 次に「毎日の小さな成長を実感する」ことです。これは簡単なことです。例えば、昨日解けなかった問題が、今日解けた。それだけで十分です。昨日は「この問題は難しい」と思っていたのに、今日は「あ、こういうことだ」と分かった。それが「成長」です。この小さな成長を毎日積み重ねていく。そうすると「鈍さ」も苦しくなくなるのです。 「地味な繰り返し」こそが合格の本質 浪人生活は、正にこの繰り返しの中にあります。 同じ時間に起きる。同じ机に向かう。同じ参考書を開く。同じ単元を繰り返す。同じミスを直す。同じ不安を抱えながら、それでもまた勉強する。 この地味な繰り返しの中に合格はあります。決して、派手なテクニックの中にではなく。華やかな解法の中にではなく。「毎日毎日、同じ問題を解き続けた人」の手の中に、合格は握られています。 受験生の皆さんが今、感じているその「つまずき」「不安」「単調さ」は、全て「正常な信号」です。それは「あなたが正しく修行の中にいる」というサインなのです。 後246日。その時間の中で、何度も何度も「鈍器」を振り続けてください。最後にあなたを救うのは、その重さです。 […]